大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(ネ)417号 判決

昭和五四年(ネ)第四一七号事件控訴人 同年(ネ)第一二九六号事件附帯被控訴人 (以下、控訴人という。) 宇田川徳子

右訴訟代理人弁護士 藤井暹

西川紀男

橋本正勝

昭和五四年(ネ)第四一七号事件被控訴人 同年(ネ)第一二九六号事件附帯控訴人 (以下、被控訴人という。) 玉野マル子

右訴訟代理人弁護士 原田一英

内田実

昭和五四年(ネ)第四一七号事件被控訴人 平一男

昭和五四年(ネ)第四一七号事件被控訴人 株式会社平商社

右代表者代表取締役 平一男

右二名訴訟代理人弁護士 芳賀繁蔵

荒井秀夫

主文

本件各控訴を棄却する。

本件附帯控訴に基づいて、原判決中、被控訴人玉野マル子の敗訴部分を取り消す。

控訴人の被控訴人玉野マル子に対する右部分の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、昭和五四年(ネ)第四一七号事件につき、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人玉野マル子は、控訴人に対し、原判決添付別紙物件目録記載(二)の建物(以下、本件建物という。)を収去し、同目録記載(一)の土地(以下、本件土地という。)を明渡し、かつ、金二七万二、六四六円及びこれに対する昭和五三年七月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員並びに昭和五一年七月二五日から右明渡済に至るまで一か月金二、六七三円の割合による金員を支払え。被控訴人平一男及び被控訴人株式会社平商社は、控訴人に対し、各自本件建物から退去してその敷地である本件土地を明渡し、かつ、昭和五一年七月二五日から右明渡済に至るまで一か月金二、六七三円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、同年(ネ)第一、二九六号事件につき、附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人玉野マル子代理人は、昭和五四年(ネ)第四一七号事件につき、控訴棄却の判決、同年(ネ)第一、二九六号事件につき、「原判決中被控訴人玉野マル子敗訴部分を取消す。控訴人の同被控訴人に対する右部分の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人平一男、同株式会社平商社代理人は、昭和五四年(ネ)第四一七号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(但し、原判決五枚目裏四行目、同六枚目表二行目、同九行目に「とよ」とあるのをそれぞれ「よ」と、同七枚目表八行目に「同第四項」とあるのを「同第三項」と各訂正する。同八枚目表末行から同裏三行目までを削り、同三枚目裏末行の次に、予備的主張として、「仮に右解除の意思表示が、貨料支払の催告前になされたものとして、その効力を生じないとしても、控訴人は、被控訴人玉野に対し、昭和五三年一一月一〇日の原審第三回口頭弁論期日に、昭和五一年七月分以降の賃料不払を理由に、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。」を加える。)から、これを引用する。

(主張)

一  控訴代理人

(一)  仮に、以上の主張が認められないとしても、被控訴人玉野は、本件土地の賃料のうち昭和四二年七月分から同年一二月分まで合計金一万六、〇三八円及び同四三年七月分から同四四年一二月分まで合計金四万八、一一四円の支払をしない。そこで控訴人は、同被控訴人に対し、右不払を理由に同五五年一月二九日の当審第四回口頭弁論期日において、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(二)  仮に、控訴人が訴を取り下げただけでは、控訴人において、従来の受領拒絶の意思を撤回して、受領の意思を明らかにしたものといえないとしても、控訴人は、昭和五一年七月三〇日到達の内容証明郵便をもって被控訴人玉野に対し右訴取下以降の賃料を控訴人において受領する旨を通知した。

従って、被控訴人玉野は、右通知以後における賃料不払の責を免れることはできないから、控訴人のした右内容証明郵便による右賃料の不払を停止条件とする本件賃貸借契約解除の意思表示により、右賃貸借契約は解除されたものであるが、控訴人は、予備的に、昭和五五年一月二九日の当審第四回口頭弁論期日において、被控訴人玉野に対し右通知以後の賃料の不払を理由に、本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  被控訴人玉野が抗弁として主張する本件賃料の供託は、無効である。

(1) 被控訴人玉野は、本件土地上に所有する本件建物を、被控訴人平及び被控訴会社に対し賃料一か月金二五万円で賃貸しているのに、控訴人に対しては、右土地の賃料として一か月金二、六七三円の割合で供託しているに過ぎないが、右土地の固定資産税及び都市計画税は、昭和四五年度が金三八万八、四〇〇円であって、昭和四八年度は金二一万六、二〇〇円と減少したものの、その後毎年のように増額され、同五三年度においては金七四万一、九五〇円に達しており、また、本件土地の面積は、二六・八四平方メートルであるが、昭和五三年度の地価は、一平方メートル当り金二八八万円と公示され、我が国最高のものであり、その適正賃料は三・三平方メートルにつき一か月金一万二、〇〇〇円を下廻ることはない。以上のとおり、本件土地周辺の客観的状勢は、右賃料を合意した当時に比して大きく変動し、本件土地の賃料は適正賃料と甚だしく相違するに至ったのであるから、このような場合、本件土地の賃料に関する合意は、当然失効したものというべきである。従って、右合意による額によってした賃料の供託は、無効である。

(2) 被控訴人玉野は、昭和五一年四月一九日に同四五年一月分から同五一年六月分までの賃料につき、同五一年七月二一日に同年七月分から同年一二月分までの賃料につき、いずれも弁済期の前後を包含する賃料を一括して供託したが、弁済期未到来の賃料については控訴人の受領意思が明確でないから、右の各供託は、いずれも民法第四九四条に規定する供託の要件を欠いて無効である。

(3) 被控訴人玉野が、昭和五一年四月一九日になした賃料の供託は、控訴人の住所を誤記したため、その供託通知書が控訴人に送付されなかったから、無効である。

(4) 被控訴人玉野は、前記訴の取下によって訴訟が終了した昭和五〇年一二月一五日以降の賃料を供託するに際し、その供託書の供託の事由欄に「裁判中」と虚偽の事実を記載したから、右供託書による供託は、無効である。

(四)  更に、右(4)の供託書による供託は、本件賃料が低廉に過ぎるところから、不法、かつ、不公正な図利の目的によってしたものであり、供託権の濫用に該当して無効である。

(五)  被控訴人玉野の後記抗弁事実を否認する。

二  被控訴人玉野代理人

(一)  控訴人の前記(一)ないし(四)の主張は争う。

被控訴人は、昭和四三年一二月二八日に同年七月分から同年一二月分までの賃料を、同四四年一二月二七日に同年七月分から同年一二月分までの賃料をそれぞれ弁済供託した。また、昭和四二年七月分から同年一二月分まで及び同四四年一月分から同年六月分までの各賃料も弁済供託をした。

(二)  被控訴人玉野は、控訴人において本件土地の賃料を受領しないことが明らかであったので、昭和五一年七月二一日に、同年七月分から同年一二月分までの賃料合計金一万六、〇三八円を、弁済のため東京法務局に供託したから、これによって控訴人に対する同年七月一日から同月二四日までの賃料債務は消滅した。

三  被控訴人平及び被控訴会社代理人

控訴人の前記主張事実を争う。被控訴人玉野の主張を援用する。

(証拠関係)《省略》

理由

(被控訴人玉野に対する建物収去、土地明渡及び損害金請求について)

一  控訴人の先々代訴外宇田川政吉が、昭和二三年一一月二九日被控訴人玉野に対し、自己の所有にかかる本件土地を、普通建物所有を目的とし、賃料は一か月金八四円九八銭を毎月末日限り支払うこと、賃借人において賃料の支払を一回でも怠ったときは、賃貸人は、通知催告を要せずに賃貸借契約を解除することができる旨の約定で賃貸したこと、賃料はその後屡々改定されて一か月金二、六七三円となったこと、控訴人が同四〇年八月六日相続によって本件土地所有権を取得し、右被控訴人に対する賃貸人の地位を承継したこと(《証拠省略》を総合すると、宇田川政吉が昭和二八年五月八日死亡して、訴外宇田川よが相続し、よが昭和四〇年八月六日死亡して、控訴人が相続し、順次、右賃貸人の地位を承継したものであることが認められる。)は、いずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、右賃貸借契約において賃貸借期間を昭和四一年二月二五日までと約定した事実を認めることができる。

二  昭和五一年七月二四日解除したから賃貸借が終了したとの主張について。

1  控訴人が、被控訴人に対し、昭和五一年七月二四日到達の内容証明郵便をもって、同被控訴人の昭和四二年七月分から同年一二月分まで、同四三年七月分から同五一年六月分までの賃料の不払を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、被控訴人らの抗弁について判断する。

(二) 控訴人の先代宇田川よが、昭和三三年一一月一日被控訴人玉野に対し、同人が無断現状変更禁止等の特約に違反したことを理由に本件賃貸借契約解除の意思表示をし、同三四年右被控訴人を被告として東京地方裁判所に建物収去、土地明渡の訴(以下、前訴という。)を提起したが、同三六年四月二一日請求棄却の判決がなされ、これに対する控訴も同三八年九月一七日棄却されて、右訴訟は被控訴人玉野の勝訴によって終了したこと、ところが右よは、前訴係属中である同年八月四日に、賃料の一部につき供託の遅滞があったことを理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、これに基づいて同三九年五月右被控訴人を被告として東京地方裁判所に建物収去、土地明渡の訴(以下、後訴という。)を提起したが、同五〇年一二月一五日被告の同意を得て右訴を取り下げたこと(右取下の日時は、《証拠省略》による。)、以上の事実は、当事者間に争いがなく、右の事実によれば、宇田川よは、昭和三三年一一月一日以降被控訴人玉野の本件土地に対する賃借権の存在を否定し右被控訴人に対して建物収去、土地明渡を訴求していたが、その訴訟終了後間もなく後訴を提起し、控訴人は、右後訴提起後間もなくよの相続人として同人の右土地に対する権利義務を承継し、同五〇年一二月一五日まで後訴を維持していたというのであるから、控訴人は、被控訴人玉野が賃料の支払を遅滞したという昭和四二年七月から同年一二月まで及び同四三年七月から後訴取下までの当時、右被控訴人玉野が弁済のため賃料を現実に提供したとしても、右被控訴人の本件土地に対する賃借権の存在を争い、賃料としてこれを受領することを固く拒絶したであろうことは、明らかに認めることができるばかりでなく、他に特段の事情の認められない本件では、その後の賃料の受領をも拒絶する意思を明確にしていたものと認めるのが相当であるから、被控訴人は、賃料の支払はもとより、言語上の提供をしなくても、債務不履行の責を負わないものというべきである。

そうすると、控訴人は、前掲各期間中の賃料について、受領拒絶の状態を解消することなく、被控訴人玉野の履行遅滞を理由に本件賃貸借契約を解除することはできないものというべきである。被控訴人らのこの点に関する抗弁は理由がある。

(二) 前認定のとおり、後訴は、昭和五〇年一二月一五日訴の取下によって終了したところ、控訴人は、右訴の取下後は、受領拒絶が明らかであるとの事実は消滅したと主張するが、控訴人が、前述のとおり、前訴から後訴へと引き続き賃貸借契約の終了を主張して十数年にわたり訴訟を維持し、紛争状態を続けてきた事実によれば、右訴取下の一事により、控訴人が、従来の受領拒絶の態度を改め、以後賃料の提供があれば確実にこれを受領することを表示したとみるのは、相当でないと考える。けだし、右訴の取下は、控訴人が裁判所に対して申し立てた一つの紛争解決要求の撤回に過ぎず、右撤回は、直ちに、当事者間の紛争が解決したことを意味しないからである。

(三) 控訴人は、被控訴人玉野に対し、昭和五一年七月三〇日到達した内容証明郵便により、未払賃料を控訴人に持参また送金して支払うべく、若し右提供があれば、これを受領する旨催告し、右催告に応じないときは、昭和五一年七月二四日になした解除の意思表示を維持する旨の意思表示をした旨主張するので、この点について検討するに、《証拠省略》によると、控訴人は、昭和五一年七月三〇日到達の内容証明郵便をもって被控訴人玉野に対し、本件土地賃貸借契約が、同年七月二四日既に解除されていることを理由に、本件土地上に存する建物、工作物を収去して右土地を明け渡すべきことを要求した事実を認めることができるに過ぎず、他にも右主張事実を認める証拠は存しない。もっとも、右内容証明郵便中には、「(後訴は)昭和五〇年一二月一五日貴殿の訴訟代理人岡本弁護士の同意を得て取り下げました。従って爾今の地代(延滞分を含む。)は当方に対し現実に弁済提供すべきで右弁済提供があれば当方は当然これを受領致します。」との記載が存するが、《証拠省略》によると、右内容証明郵便中の記載は、控訴人が、同年七月二四日到達の内容証明郵便をもって被控訴人玉野に対し、同四二年七月分から同年一二月分まで、同四三年七月分から同五一年六月分まで一か月金二、六七三円の割合による賃料の不払を理由に、本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、これに対し右被控訴人が、同年七月二八日付内容証明郵便をもって控訴人代理人藤井弁護士に対し、右の各賃料は全額供託済であることを指摘し、更にこれに反駁する形で、控訴人が、右被控訴人に対し、重ねて本件建物の収去、土地明渡を請求するに当り、右に指摘された供託は、現実の提供をしないでなされたもので供託の要件を欠き無効であるとの反論をするにつき、その前提として述べたものであることが認められ、このことは、右文言の前後の文脈に徴しても明らかであるから、《証拠省略》の右記載によって、控訴人の右主張事実を認めることはできず、また、右催告に応じなければ、さきの解除の意思表示を維持するとの意思表示についても、その記載は見当らず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠は存しない。

3  右のとおりであるから、被控訴人玉野の抗弁は、理由がある。

三  次に、控訴人は、昭和五三年一一月一〇日の原審第三回口頭弁論期日に賃貸借契約解除の意思表示をしたと主張するが、右昭和五一年七月三〇日到達の内容証明郵便が、賃料の支払を催告したものでなく、賃料受領の意思を表明したものでもなく、ただ土地明渡等を請求したに過ぎないものであることは、前説示のとおりであるから、右解除に基づく主張は、理由がない。

四  次に、控訴人は、昭和四二年七月分から同年一二月分まで及び同四三年七月分から同四四年一二月分までの賃料の不払を理由に、同五五年一月二九日の当審第四回口頭弁論期日に賃貸借契約解除の意思表示をしたと主張するが、被控訴人玉野の右期間中の賃料債務が、右解除前、既に弁済供託により消滅したとみるべきことは、後に説示するとおりであるから、右解除に基づく主張は、理由がない。

五  次に、控訴人は、昭和五一年七月三〇日の通知以後の賃料の不払を停止条件とする賃貸借契約の解除を主張するが、控訴人が、その主張の内容証明郵便をもって右のごとき停止条件付賃貸借契約解除の意思表示をしたものとは認められないから、右主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

六  次に、控訴人は、右四の不払を理由に昭和五五年一月二九日の当審第四回口頭弁論期日に賃貸借契約解除の意思表示をしたと主張するが、《証拠省略》をもって、控訴人が賃料受領の意思を表明したものと認められないことは、前説示のとおりであり、本件記録によれば、控訴人は、昭和五三年六月一二日右二の1の解除を主張して本訴を提起し、被控訴人玉野に対し、建物収去、土地明渡を求めて今日に至っていることが認められ、かかる事実関係によれば、控訴人の受領拒絶の態度は依然として固く(控訴人は、右主張にかかる解除前の賃料の一部の支払を訴求しているが、右判断に影響を及ぼさない。)、被控訴人は、言語上の提供をしなくても、遅滞の責を負わないというべきである。それ故、右解除に基づく主張は、理由がない。

七  以上説示したとおりであって、控訴人の賃貸借契約解除の主張は、何れも理由がなく、採用することができない。附言するに、土地の賃貸借契約において、賃借人が一回でも賃料の支払を怠ったときは、賃貸人は、何らの通知催告を要せずに賃貸借契約を解除することができる旨の特約が定められている場合でも、右特約の効力が、そのまま無条件に認められるものではないと解すべきところ(最高裁判所昭和四二年(ネ)第一一〇四号、同四三年一一月二一日第一小法廷判決、民集二二巻一二号二七四一頁参照)、本件において、無催告の解除を認めても不合理ではないといえるような事情は、何ら認められないのである。

八  してみると、右解除の主張が認められることを前提とする控訴人の被控訴人玉野に対する建物収去土地明渡及び損害金の支払を求める請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当として棄却すべきものである。

(被控訴人玉野に対する賃料請求について)

一  既に認定した事実によれば、被控訴人玉野は、控訴人に対し、本件賃貸借契約に基づいて、控訴人の請求にかかる賃料の支払義務を有するものというべきところ、被控訴人玉野は、控訴人に対し、右賃料をすべて弁済のため供託した旨主張するので、以下、この点について判断する。

控訴人が、昭和五一年七月二四日到達の内容証明郵便をもって被控訴人に対し、同四二年七月分から同年一二月分まで、同四三年七月分から同五一年六月分まで一か月金二、六七三円の割合による賃料不払を理由に本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしたところ、これに対し右被控訴人は、同五一年七月二八日付内容証明郵便をもって控訴人に対し、右指摘の賃料は供託済であるから、土地明渡には応じられない旨回答したこと、控訴人は、これに対し同年七月三〇日到達の内容証明郵便をもって被控訴人玉野に対し、右供託は現実の提供をしないでしたものであるから供託の要件を欠いて無効である旨の反論(換言すれば、供託がなされていないとは述べない。)をした事実は、既に認定したとおりであり、加うるに、《証拠省略》によれば、被控訴人は、昭和三四年一月分以降の賃料を、六か月分宛まとめて、ほぼ型のとおりに供託して、同四四年一二月分に及んでいることが認められ、かような事実によれば、控訴人の主張する賃料のうち昭和四二年七月分から同年一二月分まで及び同四四年一月分から同年六月分までの賃料は、いずれも弁済のためそのころ供託されたものと推認するのが相当である。右認定を覆えすに足りる証拠はない。

次に、《証拠省略》によると、被控訴人玉野は、控訴人に対し、昭和四三年七月分から同年一二月分までの賃料については同年一二月二八日、同四四年七月分から同年一二月分までの賃料については同年一二月二七日、同四五年一月分から同五一年六月分までの賃料については同年四月一九日、同五一年七月一日から同月二四日までの賃料については同年一二月分までの賃料とともに同年七月二一日、いずれも弁済のため供託した事実を認めることができる。右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

そして、被控訴人玉野の右各弁済供託当時、控訴人が賃料の受領を固く拒絶していた事実は、前叙のとおりであるから、控訴人が、予め被控訴人に対し言語上の提供をしないで右各供託をしたとしても、その効力を左右するものではないというべきである。

二  控訴人は、被控訴人玉野の右各供託は無効であると主張するので、この点について検討を加える。

(一)  先ず、控訴人は、本件土地賃貸借契約において、一か月金二、六七三円と定めた賃料に関する合意は失効したから、右金員による供託は無効であるという。しかしながら、若し本件土地の賃料が、公租公課の増額、地価の昂騰等により近隣における地代と比較し不相当になったこと、控訴人の主張するとおりであるとするなら、控訴人は、借地法第一二条に規定する賃料増額請求権を行使してその是正を図るべきものであり、控訴人主張の事実をもって、賃料に関する合意が当然失効したと解することはできない。

(二)  控訴人は、被控訴人玉野が昭和五一年四月一九日にした同四五年一月分から同五一年六月分までの賃料の供託及び同年七月二一日にした同年七月分から同年一二月分までの賃料の供託は、弁済期未到来の賃料を含めて一括してなしたものであるから無効であると主張する。本件の賃料が、毎月末日払いの約であったことは、当事者間に争いがなく、被控訴人玉野が控訴人の主張するとおりの賃料供託をした事実は、前に判示したとおりである。しかし、債務者が期限未到来の賃料債務(右主張の賃料は、正確にいえば、期限未到来ではなく、将来発生するものであるが。)につき、期限の利益を放棄して弁済することは、何ら妨げなく、本件の賃料債務は、将来発生することが確実であり、前示のように、控訴人の固い受領拒絶の態度が引き続き認められる場合には、その賃料について予め供託をしたとしても、その効力に影響はないと解するのが相当である。

(三)  次に、控訴人は、被控訴人玉野が昭和五一年四月一九日になした賃料の供託は、供託書に控訴人の住所を誤記したため、その供託通知書が控訴人に送付されなかったから無効であると主張するが、供託通知書が被供託者に送付されることは、弁済供託の有効要件ではないと解されるばかりでなく、《証拠省略》によると、被控訴人玉野が控訴人主張の日控訴人に対し昭和四五年一月分から同五一年六月分までの賃料を供託するに際し、供託書に被供託者たる控訴人の住所を「東京都豊島区三丁目五番三号」と記載し、町名の記載を脱落した誤りの存する事実を認めることができるが、控訴人が右供託通知書を甲第九号証として提出している事実に、右甲第九号証に「東京法務局51・4・19発送」と発送印が押捺されている事実を併せ考えると、右供託通知書は、控訴人に対し送付されているものと認められるから、控訴人の右主張は、採用することができない。

(四)  控訴人は、被控訴人玉野は、昭和五〇年一二月一五日の後訴の取下以降の賃料の供託をするに際し、その供託書の供託事由欄に「裁判中」なる虚偽の記載をしたから、右供託書による供託は無効であると主張する。なるほど、《証拠省略》によると、被控訴人玉野は、昭和五一年四月一九日に同四五年一月分から同五一年六月分まで、同年七月二一日に同年七月分から同年一二月分までの各賃料を供託するに際し、その供託書の供託事由欄に、いずれも「土地明渡しについて裁判中」なる記載をした事実を認めることができ、後訴が同五〇年一二月一五日訴の取下によって終了した事実は、前説示のとおりであるから、右の各記載は事実に符合しないものであるが、控訴人が当時賃料の受領を固く拒絶する意思を明確にしていたこと、すなわち客観的な供託原因の存したことが、既に判示したとおりである以上、被控訴人玉野が賃料の供託をするに当り、右のように事実に符合しない供託事由を記載しても、これを有効と解するに妨げはないものと考える。従って、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

(五)  控訴人は、被控訴人玉野のした賃料の供託は、供託権の濫用であって無効であると主張するが、本件の賃料が低額に過ぎるとして控訴人がこれを非難し得ないことは、前説示のとおりであるから、これと反対の見解を前提とする右主張は当らないし、他にも、被控訴人玉野の本件賃料の供託が不法、かつ、不正な図利を目的とするものと認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右供託権濫用の主張も理由がない。

三  そうすると、本訴請求にかかる賃料債務は、すべて右被控訴人の弁済供託によって消滅したものというべきであるから、右賃料の支払を求める控訴人の請求は、すべて失当として棄却すべきものである。

(被控訴人平及び被控訴会社に対する請求について)

控訴人が本件土地を所有していること、被控訴人平及び被控訴会社が、被控訴人玉野から、その所有にかかる本件建物を賃借してこれを占有し、よって本件土地を占有していることは、当事者間に争いのないところであるが、被控訴人玉野は、本件土地につき賃借権を有するものというべきであるから(その理由は、被控訴人玉野に対する請求について、さきに説示したとおりであるから、ここに引用する。ただし、請求原因の一のうち、期間及び賃料は持参または送金払いであるとの点を除くその余は、《証拠省略》により認定する。)、被控訴人平及び被控訴会社は、その占有権原をもって控訴人に対抗することができ、右被控訴人らに対し建物退去、土地明渡及び損害金の支払を求める控訴人の請求は、いずれも失当として棄却を免れない。

(結論)

よって、原判決中、控訴人の請求を棄却した部分は、相当であるから、本件各控訴を棄却し、原判決中、控訴人の請求を認容した部分は、不当であるから、本件附帯控訴に基づいてこれを取り消し、控訴人の右部分の請求を棄却することとし、控訴費用及び附帯控訴費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 杉田洋一 判事 長久保武 加藤一隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例